7月第1土曜日は「アリスの日」
1862年7月4日。それは金色に輝く、夏の午後のことでした。
オックスフォード大学のクライストチャーチで、数学教師として勤務する傍ら、
英国国教会の助祭も兼ねていたルイス・キャロルは、友人のダックワース牧師といっしょに、リデル学寮長から預かった3人のやんちゃ盛りの上の娘たち、ロリーナ、アリス、イーディスを連れて川遊びに出掛けていました。テムズ川に浮かべた舟を漕ぎ出して、ゴッドストウを目指してピクニックをしようというのです。
話し上手なキャロルは、その日に限らず、いろんな場所で子どもたちに、わくわくするような物語をその場で作っては語り、大喜びさせていたのですが、特にその日のできごとが、「金色の午後」として、伝説になるのには理由がありました。
勝気な次女のアリスが、自分のためにぜったいに本にして、とせがんだ、キャロルのこの日の即興物語が、実は1865年にマクミラン社から出版される『不思議の国のアリス』の元になったのです。
そのため、アリスの冒険の始まりを記念して、7月4日は「アリスの日」となりました。今では、7月の第一土曜日が、みんなで祝うお祭りの日。
地元ではパレードやコンテストなどのイベントも大々的に行われるため、毎年世界中のファンがイギリスやオックスフォードを訪れ、おもいおもいに「不思議の国のアリス」の誕生日を祝っています。
金色の夏の日ざしの ゆるやかな歩みのままに
ただのんびりと ただようぼくら
オールは二本とも 小さい腕に占領されて
水をかこうにも かけないありさま
水先案内の手も これまた小さく
だから舟は ふらふらとただようばかり
ああ 残酷な三人娘!
まるで夢のなかのような そんな時間に
お話をしてと ねだるなんて!
ぼくの声なんて お粗末なもので
小さな羽を吹き飛ばす力さえないというのに
でもそれじゃ 三人がかりにはかないっこない
一の姫は いとも高飛車
「さあ はじめて」と命令なさる
二の姫は もっと優しく
「へんてこなのにしてちょうだいね」
三の姫は 質問ばかり
一分に一度くらいおじゃまをなさる
でも いつしかそれも静かになって
そろって夢の子どもを追いかけはじめる
その子が行くのは おかしな国で
鳥やけものとも なかよくおしゃべりができる
何もかもが目新しくて ひどくへんてこ
そのくせ 信じないではいられなくなる
とちゅう何度か 空想の泉がかれて
物語の糸がつづかなくなり
そのへんでかんべんしてもらおうと
「つづきは また今度ね」と言ってみたけれど
元気な娘たちは 聞く耳持たず
「いまが今度よ!」と 声をそろえる
こうして生まれたのが この物語
奇天烈な出来事の ひとつひとつが
ゆっくりと育ってできた 不思議の世界
どうやらおしまいまでこぎつけたので
沈みゆく夕日を浴びて
心楽しく 家路をたどる
さあ アリスちゃん! この物語は君のもの
その優しい手で受け取って
子ども時代の夢を編みこんだ
思い出の錦の帯にそえておくれ
巡礼が はるかな国でつみとってきた
しおれたささやかな花輪のように
脇明子訳 岩波少年文庫より)